'12/01/08 ゴミ箱から拾ってきた映画、『頭文字<イニシャル>D THE MOVIE』(香港05年)

私は基本的に漫画は読まないので、当然、原作は読んでないが、「頭文字D」のアニメは見たことがある。正月に衛星のアニメチャンネルで特集放送をしていたのを見直したところ、映画版がどうなっているのか気になって仕方なくなってしまった。録画してあったかどうか思い出せず、探しても見つからないので、レンタルして見てみた。
ジャッキー・チェン主演の原作とは似ても似つかぬ『シティー・ハンター』の映画化があったが、これも香港映画である。が、原作をかなり意識している。日本国内でロケを行っており、カーチェイスシーンは本物、登場する車両は原作をかなり忠実に再現している。登場人物や物語は枠内に収めるために適当に端折っているが、うまくまとめていると思う。

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しかし、役者は日本人ではない(一部除く)、というのはがっかりする。あくまで香港映画であって、日本向けに作られた映画ではないのだ。こればっかりは仕方ない。ジャニーズ事務所のタレントを出演させて国内映画化すればヒットしそうな気がするが、道路交通法違反な内容が内容だけに無理でしょう。
最も違和感を感じたのは、主人公の家である。日本家屋を再現しようとしているのだが、何か、違う。その違いがとても居心地悪い感じがする。
原作のファンは当然、原作との違いは許しがたいと思うが、それはそれで面白かった。主人公はあまり好みでなかったのは置いておくとして、主人公の父親の造形が、原作とは多少異なるが、それが個人的には楽しめた。
「バトル」よりも、毎早朝、車で峠道を走って、豆腐を運んでいるうちに運転がうまくなったという日常のほうが興味深く思える。「バトル」なんてのはVシネマでも色々あったわけで、そんなものより、原作では描かれていない部分を掘り下げて描いてくれると嬉しい。


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'12/01/07 ゴミ箱から拾ってきた映画、『メイク・アップ』(米77年)DEATH GAME (aka.THE SEDUCERS)

テレビで見た吹き替え洋画で、印象が強く、もう一度見たいと思うものが何本もあるが、これはその一本。掘り出し物、と言うべき良くできた作品である。何も知らずに見たなら、見て得をした気分になる。主演は、クリント・イーストウッドとの長年に渡る公私の付き合いで知られた「ひねくれ娘」ソンドラ・ロックと、『ブルース・リー/死亡遊戯』の「雌狐 vixen」コリーン・キャンプ。お話は、...
シーモア・カッセル扮する裕福な中年男が、週末家で一人で過ごすことになる。嵐の夜、二人の若い女が電話を貸してほしいと訪ねてきて、家に入れてやる。彼女らは、勝手に風呂を使い、男はそこに加わり、楽しい一晩を過ごす。翌朝、女たちは本性を見せ始め、勝手気ままに振舞うようになる。男は彼女らを追い出そうとするが言うことを聞かない。ようやく、車に乗せて、長距離バス乗り場まで連れていく。(ここまでがいわば前半、ここからがいわば後半)そして、夕方家に戻ってみると、誰かいる。男は彼女らに拉致され、自由を奪われ...

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この年代には、男性に乱暴された女性が復讐するという暴力映画が何本か作られている(代表作『ウィークエンド』)が、その性別逆転版と言ってもよいと思う。この映画では、男が女に乱暴するのではなく、女が男に暴力を振るう。男性の立場から見て、面白いのは、どちらの場合も、男は、最初はいい思いをするが、後から痛い思いをすることになるのである。
描かれているのは、暴力や、いじめ。力を揮うとスッキリする。この映画に出てくる女たちは実に不愉快なのだが、視聴者は知らぬ間に、力を揮う側の立場に立って楽しんでしまう。

国内では昔VHSが販売されていたらしい。DVDは、エプコットの "2 in 1" シリーズの一本として「メイク・アップ/レイジング・キャット」で出ていたが、あまりに高いので買いそびれているうちに廃版。amazon から米国版を購入して視聴した。英語音声のみなので、台詞を十分聞き取れないのは仕方ないとして、このDVD、画質・音質ともかなりひどい。テレビで見たときは、ハイキーで、明るい色調だった記憶なのだが、暗くくすんだ画面になっている。フィルムの傷もそのままだ。特にひどいのは、チャプター部分で、画面・音声とも一瞬止まるようなところ。エプコットの国内版も、原版は同じらしいので、字幕だけのために高い金を出したくない。米国でリマスター版が出るのを期待したい。

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[追記]
吉高由里子、仲里依紗あたり主演で同種の映画ぜひ見たいです。

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'12/01/04 ゴミ箱から拾ってきた映画、『デイ・オブ・ザ・デッド』(米08年)DAY OF THE DEAD

これは凄そうだと思わせるのは、なにせ、ジョージ・A・ロメロ監督の『死霊のえじき』のリメイクという謳い文句である。しかし、監督は「13日の金曜日」シリーズのスティーヴ・マイナーとなると、果たして? 衛星放送でやっていたので、録画して見たのだが、こんな映画があることさえ知らなかった。
結論から言えば、「死霊のえじき」とは似ても似つかない。どこがリメイクなのかさっぱりわからない。要するに、箔をつけるために名前を借りただけ。しかし、それはそれとして、結構楽しめた。

出だしが「13日の金曜日」風のカップルいちゃつきシーンという時点で、すでに期待は裏切られる。で、もって、「ゾンビ」発生の原因に軍が絡んでいるのは、ロメロ風ではなく、『パタリアン』シリーズっぽい。しかも、面白いのは、多くの「ゾンビ」なるものは死者が甦る設定なのに、この映画では、ウィルスの空気感染が原因で、症状としては咳が出たり、血の混じったタンが出る、そして、体が冷たくなったかと思うと、突然化け物に変貌する、というのが新しい。だが、ゾンビに噛まれた者もまたゾンビとなる、というのは「伝統」を踏まえている。しかし、ゾンビに食われた者が、ゾンビ化して人間を襲うというのは相変わらず矛盾している。どの程度食われたらOKだと言うのだろうか? こういうことを突き詰めていくと『死霊のしたたり』のようなコメディになってしまう。そもそもゾンビなんてものは、その程度のものであって、真面目に考えるべきものではない。その点、この映画は、娯楽映画に割り切っていて潔い。
この映画のゾンビの特徴として、ゾンビは火に弱く、よく燃えることになっている。それがラストに繋がる。スッキリ爽快な味わいは、実に「らしくない」。が、カタルシスがあり、気持ちよく映画館を出られるのは良いのではないだろうか。

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ゾンビのお約束を作ったのは、ジョージ・A・ロメロの『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』であり、ロメロはその伝統に従って、同ジャンルを開拓していった。そのお約束を壊したのが、ダン・オバノンの『パタリアン』である。ロメロ・ゾンビは、ゆっくりとしか動かず、意識も知能もなく、生前の習慣に従って動くだけだが、『パタリアン』に出てくる化け物は、動きは素早く、走り回り、知能も備え、言葉をしゃべりさえする。ロメロのゾンビ映画が定番であり、良心的であれば、オバノンの作ったのは、亜流であり、パロディである。いわば、西部劇に対するマカロニウェスタンのようなものだろう。
次々作られるゾンビ映画は、これらの影響を感じさずにはいられない。そして、スティーブ・マイナーのこの監督作は、ロメロの名を冠しながらも、内容的には、それを裏切って、オバノン作に近いものになっている、というのが実に情けない。

ゾンビより暴徒のほうが怖い。だが、人間同士が、殺し合う映画は受け入れられない。ゾンビというのは、カモフラージュであり、言い訳である。我々が求めているのは真実ではない。娯楽である。

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'12/01/03 ゴミ箱から拾ってきた映画、『コントラクト』(西04年)ROJO SANGRE

2009年12月に亡くなった、スペインの狼男役者ポール・ナッシーの最近の主演作である。ナッシーの映画は、ほとんど国内DVD化されておらず、代表作『ワルプルギスの夜』はかろうじてVHSで販売されていたことがある程度である。そんな彼の70歳(!)での主演作が、国内DVD化されて流通していたとは、全然知らなかった。
ナッシーと言えば、個人的には、小さいときにテレビで見て「トラウマ」となった一本が『傴僂男ゴト/戦慄の蘇生実験』(72年、テレビ放映題『ヘルショック』)であり、ベータ録画を大切に持っているが、あとは『吸血鬼ドラキュラ対狼男』 (67年)をテレビ見たことがある程度で詳しいことはわからなかった。ところが、最近の再評価で、海外DVDリリースが相次ぎ、主要作品を簡単に見られるようになり、その全貌がほぼ明らかになった。国内で、研究書籍まで出てしまうとは! それが『ゾンビ映画大事典』が著名な伊東美和氏の労作『ポール・ナッシー(映画秘宝COLLECTION 39)』である。かねがね購入したいと思っていたが、何分値段が高いのでなかなか手が出せず、ようやく、古本を入手した。
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これに目を通すと、まだまだ自分が見てない面白そうな作品が色々ある。
改めて、アマゾンなど、DVD販売サイトで彼の出演作を検索して『コントラクト』がヒットしたのだが、これまで気がつかなかったのは、表記が「ポール・ナッシー」ならぬ「ポール・ナッチー」になっていたからである... 「ナッシー事典」を引いてみると、案外評価が高いので、早速購入して見てみることにした。

お話は、ナッシー本人をモデルにしたような、落ちぶれて仕事のない、かつてのスター役者が主人公で、いくつもオーディションを受けるが結果は散々、仕方なく、紹介された怪しげなクラブでの仕事にサインする。それはラスプーチンやジル・ド・レイ、切り裂きジャックなどに扮して門番を行うというものだった。そして彼は、その扮装で、映画界の腐った連中を殺していく、といったもの。
これだけ聞くと、なんとなく『フェイドTOブラック』を思わせるのだが、ナッシー自身のペンによる脚本は、例によって、詰め込みすぎというか、あれもこれもと欲張りで、ここに悪魔が絡んできて『エンゼル・ハート』や、果ては『オーメン』を思い出させるような展開を見せるが、結果、全体として意味不明になってしまっている。
悪魔と契約して、魂と引き換えに再度成功を得るものの、殺人を繰り返すことでついには身を滅ぼす、といった単純でわかりやすい筋書きがほしいところ。怪奇映画の主人公の扮装で殺人を行う、という素敵なモチーフこそ、最大限に活かしてもらいたかった。
演出が、シーンの繋ぎの部分、あるシーンから別のシーンへの移り方に凝った仕掛けを入れているのが特徴。カメラの動きや、コンピュータを利用した特殊効果も最近の映画らしい。舞台は様変わりし、ナッシーも年老いてしまった。それにしても、70歳にしてこの演技、凄いとしか言いようがない。まだまだ、新しいことに挑戦していこうという意欲が感じられる。合掌。

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どんな映画も最初からゴミ箱に入っているわけではない、あるいは物欲の塊

年末年始休暇にDVDを借りたりして何本か映画を見て、最近、色々目ぼしい(物欲をそそる)国内版リリースが相継いでいることに気付いた。自分のブログ記事に合わせた一部(要するに「ゴミ箱から拾ってきた」捨てるには惜しい映画、名作は除く)をここにメモする。

長らく権利問題でDVDリリースされなかったアルジェントの『4匹の蠅』の国内正規版DVDが2010年11月にリリースされた(早速レンタルした)のに続いて、ルチオ・フルチの『幻想殺人』 A Lizard in a Woman's Skin も、2012年3月に国内版DVD販売! これは「買い」でしょう。
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紹介記事はこちら。
'09/12/21 ゴミ箱から拾ってきた映画、アルジェント対フルチのなんジャーロ対決、『4匹の蠅』と『幻想殺人』


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これとか、
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これなんかは、VHSはもっているし、衛星放送でも録画したしなあ、でもDVD欲しいなあ、という気もする、お金があればね...

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ちなみにこれはあまり買いたくない、中古VHSで十分。だが、未見の方はどうぞ。紹介記事はこちら。
'04/2/19 「ゴミ箱から拾ってきた映画」ヘル・オブ・ザ・リビングデッド

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マイ・フェイヴァリット・ムービーの一本、マルコ・フェレーリ監督の『ひきしお』が国内DVD化されていたことを知らなかった。
紹介記事はこちら。
'10/06/22 ゴミ箱から拾ってきた映画、『ひきしお』(伊仏72年)LA CAGNA (Love to Eternity)

2011年4月に国内版DVD三枚組ボックスセットで発売されたようです。
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これも入っている。
'10/06/23 ゴミ箱から拾ってきた映画、『うず潮』(仏75年)LE SAUVAGE

もう一本は、
恋のマノン(MANON 70)」(1968年 フランス作品)
フランスの国民的文学プレヴォー原作「マノン・レスコー」を基にした現代劇。
主人公が、マノンという美女と知り合い、彼女の奔放な性格に悩まされ続ける姿を軽快に描いた異色作。

中古レーザーディスクで購入済みだが未見。良いのだが、DVDは高いなあ...

そして、高値の中古VHSで購入した、『フレンズ』のアニセー・アルビナ主演、フランスのアンチ・ロマン小説家、アラン・ロブ=グリエ監督の『危険な戯れ』も同時期に国内DVD化。

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DVD-Rダビングしてあるのに、まだちゃんと見てない。(少しだけ見たような...)

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2011年11月発売「キャロルベイカートリプルボックス」収録作品は、
狂った蜜蜂」(1969年イタリア作品/日本公開1970年1月)
夫の遺産をもらった未亡人に突然ふりかかる危難と恐怖を描いた、二転三転する奇想天外なストーリーとキャロル・ベイカーのヌードを満喫できるエロチック・ミステリー!

甘く危険な女」(1969年イタリア作品/日本未公開)
フランスを代表する男優=ジャン=ルイ・トランティニヤンと数々のマカロニ・ウェスタンで妖艶な魅力を発揮していたエリカ・ブランの豪華競演陣で送るシリーズ最高傑作、ついに本邦初登場!!

殺意の海」(1971年イタリア作品/日本公開1971年9月)
情愛と欲望がからんだ犯罪計画に巻きこまれる女性の悲劇を描いたキャロル・ベイカーの代表作でもあるエロチック・サスペンスの傑作!

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マニア泣かせやなあ~。海賊版で買おうと思っていたのに、正規の日本語版が出ているとはなあ~。在庫がなくならないうちに入手したほうがよさそう。(それにつけても、この似つかわしくないパッケージ写真、いつ撮影されたものなのだろうか...)
さらに、「デボラの甘い肉体」の国内版DVDが2012年3月に発売! いったい誰が買うのかね? という気がしなくもないが、私は欲しい...

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関連作の紹介記事はこちら。
'06/02/26 ゴミ箱から拾ってきた映画『声なき殺人者』

キャロル・ベイカーと言えば、イタリアに渡る以前の主演作もぜひ見たいところ。『ベビイドール』(米56年、エリア・カザン監督)が出世作だが、個人的には未見。1930年代のスター女優、ジーン・ハーロウの伝記映画『ハーロー』(米65年)は相当昔テレビで見たことがある。米国版DVDが入手できる。
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'12/01/02 ゴミ箱から拾ってきた映画、DO YOU LIKE HITCHCOOK?(伊05年)

最近のアルジェントの映画は評判が悪いので、これもあまり期待しないで見始めたのだが、なかなかどうして、斜めに見ているうちにどんどん引き込まれて、目が離せなくなってしまった。映画の内容は題名通り「ヒッチコックは好きですか?」 好きならば楽しめること請け合い。
ヒッチコック風のストーリー、数々のシーンがヒッチコックのあの映画、この映画を思い起こさせる。さらに、アルジェント自身の過去の作品を思わせるシーンもちらほら出てきたりする。
ところが、見終わってみると、なんでしょう、不満を感じる。これではまるで、ブライアン・デ・パルマではないか。よくできているのだが、刺激が足りない。アルジェントの演出は確かで、退屈させられることはない。しかし、過去の作品をなぞったような作りは、お遊びのようでしかない。ヒッチコックの『裏窓』の脚本には、素晴らしい必然性があった。しかし、この映画の脚本は、単なるツギハギのように感じられてしまう。
もともとイタリアではテレビ放送用に作られた作品であるし、言うなれば「バラエティ映画」として楽しむべきものかと思う。
アルジェントらしさ、と言うか、彼の作家性は、次作『ジャーロ』のほうで発揮されていると思う。

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'11/12/31 ゴミ箱から拾ってきた映画、『サバイバル・オブ・ザ・デッド』(米加09年)SURVIVAL OF THE DEAD

困ったことに、私は、アルジェントの最新作が「ヒッチコックはお好き」と勘違いしていたように、ロメロがまたゾンビ映画を撮っていた、しかも日本公開されていたことさえ、知らなかった。前作『ダイアリー・オブ・ザ・デッド』の後日談的作品、とのことだが、その「死者の日記」さえまだ見てない。評判を調べてみると、賛否両論だが、否定派が大多数のようである。となると、ぜひとも見てみなくては、という気になった。早速レンタル。
話の大筋としては、安息の地を求めてさまよっている州兵の生き残り仲間たちが、噂に聞いた安全な島に渡ってみると、そこでは、島民が、ゾンビの扱いについて二派に分かれて対立していた、といったもの。この島民たちの生活ぶりや、対立ぶりが、何やら西部劇っぽい。
51ffxzwvhll_sl500_aa300__2一派の考えは、ゾンビは徹底的に殺処分すべきというもの。もう一派の考えは、人間とゾンビは共存すべきだというもの。鎖に繋がれたゾンビは、生前の習慣を無意味に繰り返している。まるで博物館の作り物のように、郵便配達が何度も何度もポストに手紙を投函したりしている。この島のゾンビは、まるでサーカスの猛獣のようだ。飼われてはいるが、完全に手なずけることはできず、油断するとガブリとやられる。
ロメロの映画には、いわゆる「ゴア」シーンもあるが、それらは、現実感を強めるためにあるように見える。昔、『グレートハンティング』というドキュメンタリー映画で人がライオンに食われるシーンがあると話題になった(未確認)が、そのように、ゾンビに人が食われるとはどういうことか、というのをリアルに描こうという姿勢がうかがえる。ルチオ・フルチが「痛い」シーンを興味津津に描く(例えば、『マッキラー』のラストで、崖から墜落した犯人の顔面が岩にぶつかって削れる)のとは、まったく趣が異なる。えぐり出されたはらわたが貪り食われるシーンがなくても、それほど支障はないように思えるのだが、にっかつ映画でエロシーンを必ず何回か入れなくてはならないといったお約束同様に、製作上の無視できない意向というものもあるのだろう。
危うい均衡が崩れる、といったストーリーは、これまで同様。異なるのは、生ける死者の蔓延での混乱を描いているというより、それは既定の事実であるという視点の物語になっている点である。一昔前に、核戦争後の世界、をテーマにした近未来SF映画が多く作られたが、核戦争をゾンビに置き換えて考えればわかりやすい。
核戦争後の世界が描かれなくなったのは、核戦争は起こらなかったが、核による事故は何度か発生し、スリーマイルしかり、チェルノブイリしかり、福島しかり、それが現実のものになってしまったからだろう。ゾンビ現象は現実には起こり得ない絵空事にすぎないが、人類を滅亡に導く恐ろしい事態の寓意、不安の発露だと考えてしかるべきと思われる。
それを生み出すのが、人間同士の対立という悪循環。ロメロの映画は世相を映しているが、何ら解決策も提案しないし、希望も与えない。ロメロの映画が哲学的だなどというのは言いすぎだと思う。

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'11/12/30 ゴミ箱から拾ってきた映画、『悪魔の性・全裸美女惨殺の謎』(伊72年)Sette Scialli Di Seta Gialla (Crimes of the Black Cat)

シルヴァ・コシナ出演ということで、以前からぜひ見たいと思っていたのだが、ようやく輸入版DVDを購入した。
ひどい邦題はテレビ放送時のもの。原題は「七枚の黄色い絹のショール」の意味。これが殺人現場に残された、事件の鍵となる。「黒猫の犯罪」という英題も間違いのないものであるが、エドガー・アラン・ポーの「黒猫」や、オカルト的なものではなく、黒猫が人殺しの道具に使われる、というのが面白い。黒革手袋をした犯人がカミソリを凶器にしていたり、動物が絡んでいるところ、最後に明かされる意外な犯人等々、典型的な「ジャーロ」(犯人は誰だ、といった謎解き物)映画になっている。特徴的なのは、連続殺人の謎を追いかける主人公(アンソニー・ステファン)が盲目のピアニストであるという点。彼がレストランで隣席の男女の不穏な会話を耳にすることが事件の発端となる。

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シルヴァ・コシナは、思ったより出番は多くないが、重要な役を演じている。この映画の出演当時40歳近くで、体が少々たるんでいるようだが、サービスのシャワーシーンも抜かりない。
映画はなかなか良くできていて、楽しめるのだが、イタリア語音声で英語字幕となると、台詞が多い部分は理解が追いつかない。そして何よりも、このDVDは画質がかなり悪いのにはがっかりする。せっかく面白い映画なのに残念だ。

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'11/12/30 ゴミ箱から拾ってきた映画、『柔肌』(瑞西、西独76年)JACK THE RIPPER

ヨーロッパ屑映画の帝王、ジェス・フランコ監督の映画であるが、怪優クラウス・キンスキー主演ということで、見てみることにした。ジェス・フランコの映画の中では、かなり真っ当なもので、普通に見られる点は、同じくクラウス・キンスキーが狂言回し役で出演していた、『マルキ・ド・サドのジュスティーヌ』(西独、伊68年)同様で、個人的には大いに気に入った。手元にあったのは、英語音声字幕スーパーなしという代物だったが、それほど難しい台詞はないので、それでも十分楽しめた。日本版DVDも出ているのだが、何なのだろうか、この邦題は。どうやら、エロ映画まがいで売ろうという意図らしいのだが、原題を見てわかるように、これは英国の伝説的な殺人鬼「切り裂きジャック」を題材にした映画であり、エロより、ゴア(血糊)要素が強いので、勘違いなされぬよう。
「切り裂きジャック」といっても、史実をほとんど無視した、独自の脚本になっている。謎解きは一切なく、初めから、クラウス・キンスキー演じる医者が、殺人鬼であることが明快に描写されている。当時の風俗を再現した、いわゆるコスチュームプレイであり、どこでロケをしたのか、セットなのか、霧に霞んだ街路や、照明のムードがとても良い。後半には娼婦の乳房を切り取るといった、まさに「ゴア」描写もあるのだが、そういった衝撃的な描写以前に、娼婦にナイフを突き立て殺した後、死体を引きずってボートに乗せ、運ぶところとか、丁寧に描かれているのが良い。
フランコの演出は、淡々と、脚本どおりに撮りましたという感じで、何のひらめきも感じられないのだが、無駄のない娯楽映画として仕上がっており、上々の出来栄えだと思う。ただし、犯人の医者が見る、苦悩の幻想シーンだけは、ちょっと違和感が感じられた。それがフランコらしさの表れなのかもしれない。


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'11/12/29 ゴミ箱から拾ってきた映画、『レズビアン・ヴァンパイア・キラーズ』(英09年)Lesbian Vampire Killers

年末のテレビはつまらない特番ばかりだし、会員証を更新すると一本タダになるということで、近くのTSUTAYAにDVDをレンタルしに行った。特にこれを借りたいというものはなかったのだが、店頭でダリオ・アルジェントの最新作『ジャーロ』を初めて知り、借りることにした。これはこれで大変面白かったのだが(気が向いたら感想を書くことにして)、興味をそそられたのが、他の作品の案内にあった、この映画である。いかにもドライブ・イン・シアター向けといった感じの予告編が楽しい。鼻っから、出来の悪そうな感じなのだが、調べたところ、イギリス映画だということで、ハマーやアミカスの伝統を汲むパロディがあるのではないか、と期待された。見た結果を述べるなら、期待はずれ、ただの出来の悪い映画にずぎなかった。ガッカリ。

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お話は、女吸血鬼カーミラの呪いで娘が18歳になると吸血鬼になってしまうという村に、何も知らず訪れた、冴えないヤセとデブ男のコンビ(わずかながらローレルとハーディを思い出させる)が、旅の途中の外国人娘と協力して、女吸血鬼退治をするというもの。題名からして「ゴーストバスターズ」を連想させるが、実際、お話も「ゴーストバスターズ2」っぽいところがある。最近の映画らしく、特殊効果は良くできている。だが、綺麗すぎて、その分、生々しさが足りない。怖さが感じられない分、笑いも盛り上がらない。
個人的には、脚本が好みでなかった。
実は、ヤセ男がカーミラを退治した英雄の末裔で、復活したカーミラに当時の剣で対抗するとか、そんな因縁はいらないと思う。傷心旅行のきっかけとなった、チビ男の浮気癖の治らない彼女の扱い方とか、あまりにぞんざいで、前半であっさりいなくなってしまうのはあまりに惜しいと思うし、魅力的な外国人娘4人はあっというまに1人になってしまうし、...

で、何か良いところがなかったのか、と言えば、この大雑把で緩い作りは、映画を集中して見ずに済むということ。あくまで映画は二の次、それで損をした気にならないところが良いのではないだろうか。一人で見るべき映画ではないね。

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県知事選挙

知事選挙の投票に行ってきた。だれに投票すべきかは、新聞のチラシとインタビュー記事を参考にしただけだった。記事内容で非常に気になったものがあった。それは、役人の賃金カットについて、モチベーションが下がるので慎重に検討したい、という回答である。
では、果たして、賃金を上げれば、役人はモチベーションが上がって、良い仕事をして、納税者は恩恵を受けるのだろうか? 役人が不正を犯すのは、彼が十分な賃金を得ていないからだとでも言うのだろうか?
役人のモチベーションなど、有権者には無関係な話である。そんなことを持ち出すのは、いかにもお役所臭いのが気に入らない。役所に有益な行政サービスを期待するなら、もっとたくさん税金を納めなさい、とでも言いたいのだろうか、この候補者は。

多くの人は晴れたら気分が良く、雨だと気分が重い。だが、そんなことを理由に持ち出すことはせず、日常を送っている。今日はやる気がおきないなんて愚痴っても何も変わらない。
社員のやる気が下がるかもしれなくとも、会社を守るためには、賃金カットをしなければならないこともあるだろうし、場合によっては、従業員の首を切らなければならないことだってあるだろう。
ところが役所は特別らしく、地方自治体の財政が破綻しようが、役人の賃金はカットすべきではないし、解雇することはまかりならんというわけだ。そのためには、借金をして、住民に負担を背負わそうが構わないというのだ。
そんなことが可能なのは、役所は決して潰れることがないからである。モチベーションだと! くだらないことを言うなよ。
健全な自治ができるように必要な対策を実施する。それだけのことでしょう。当たり前じゃないの? 私たちは役人の生活を守るために税金を納めているのではない。

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私たちにできること? 電力会社がすべきこと

東日本大震災で私たちに何ができるだろうかというテーマで、芸能人が、日ごろから節電に心がけるようになったと言うのを聞いて、あまりに当たり障りのないコメントに気が抜けた。いったい彼が原発についてどう考えているのか、聞いてみたいものだ。
電力会社は、電気が足りないと言って、原子力発電を推進し、事故が起こって不都合が生じると、電力制限を行うと言い、愚かな人々は電力会社の期待通り、協力を惜しまない。このような考えの足りない、隷属的な人々がたくさんいるおかげで、電力会社は大いに利益を上げられるのである。

福島原発の大事故によって、ありえない「安全な原発」を実現するために、さらに無駄な過大な投資を行うよりも、その分の資金を、太陽光発電に回して頂きたい。太陽光発電で必要な電力を供給するには設置場所が足りないなど、電力会社は否定的なコメントをする。だが、消極的になるのは、単に、原発を推進したほうが儲かるからである。理由はそれ以上でも以下でもない。

太陽光発電は、個人住宅での設置に、行政からわずかに補助金が出る程度である。自宅の電気を賄い、余りを電力会社に売ってわずかな利益を得る。こんなことを大金を払って実施できるのは熱狂的な環境信者か金持ちだけであって、これでは普及が進むわけがない。

電力会社が、自らソーラーパネルを配り、住宅やビルの屋根を借りて、その電力を集めるようにすれば、多数の小さな発電から大きな電力を得られることになるだろう。高価な機材を売り込んではいけない。お金を払って場所を借りるのだ。自ら使用する電気代と差し引きすれば、場所の提供者に損はないだろう。

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「安全な原発」というものはない

テレビでその独特な環境論を論じ、一躍有名となった武田邦彦、中部大学教授は、原発というと、日本には、何が何でも推進派か、何が何でも反対派の二種類しかいないが、自らは安全な原子力発電推進派であると、のたまっておられるが、果たして安全な原発なるものがどのように実現可能であるか、何の説明も与えてくれないのに不満を覚える。
福島原発の事故は、設計時の耐震強度が低すぎた、さらに、また施工が設計通りでなかった、津波に曝される立地条件が良くなかった、と問題点はいくつも挙げられるだろう。だからと言って、それら課題を解決していけば、安全な原発になるとは思えない。
原子力はわずかなものから莫大なエネルギーを得ることができる。だが、その代償として、恐ろしく有害な物質を生じさせる。放射能汚染は環境を破壊し、生物の住めない死の世界を作り出す。

三菱から蒸気の出ない炊飯器が発売されている。飯を炊くのに蒸気が発生しないはずはなく、単に、発生する蒸気を外に出さず、封じ込め、冷却することで水にしてタンクに溜め込むのである。原発も同じようなものであって、喧伝されるように原発がクリーンというのは、有害な物質を生じさせないからクリーンなのではなく、単に、生じる放射性物質を封じ込めているに過ぎない。
有害な核廃棄物は、ガラスで固めて地中深く埋めれば問題なく、安全であると言う。恐らく、実際、それで問題が発生することは、しばらくの間、少なくとも自分が生きている間は、ほぼ間違いなくない思う。だが、そんなことはしてほしくない。そんなゴミは捨てないでほしい。出さないでほしい。

新聞の投書欄で、原発は資源のない日本にとってその経済発展のために不可欠であるという投稿を読んで、彼は前途有望な若者だと思った。このような若者が大企業に就職し、昇進を重ねて、日本経済を支えていくのだろう。彼にとって、例えば、四日市市民が大気汚染による喘息で苦しめられた事実は、高度経済成長のための、いたしかたない犠牲だったという見解になるのだろう。利益優先で、人々の住環境を汚しても顧みない、企業のエゴが生み出した悪行だとは決してならないのだろう。いったい何のための経済発展なのだろうか。金よりも青空がほしい、四日市市民は皆そう願ったはずだ。

原子力は現代の科学では手に余る代物である。実際、何件も取り返しのつかない重大な事故が発生している。「安全な原発」はありえない。原子力は生態系を破壊するには最高に有効な兵器となるが、この闇の力を科学はまだ手なずけられていない。フォースの暗黒面に取り込まれてはいけないのである。
すぐにでもイスカンダル星にコスモクリーナーを取りに行け。
原子力を推進する前に、科学者はまず、放射能除去装置を提供するべきである。
原子力は反エコロジーの大将であり、地球にとって忌まわしい癌のようなものだ。人間がこれを作り出したことを忘れてはいけない。科学者はなぜこの発明を封印しなかったのか? 科学を礼賛する浅はかな愚か者どもめ。生きるにはもっと大切なものがいくらでもある。

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'11/04/03 ゴミ箱から拾ってきた映画、日曜洋画劇場『トータル・リコール』(米90年)TOTAL RECALL

四月三日、日曜洋画劇場の放送作品が『トータル・リコール』というのが、よりによってこの折りに、と思わずにはいられなかった。「この折りに」というのは東日本大震災の二次被害として、福島原発の破壊による、放射能漏れ被爆が世間を賑わしているこの折りにという意味である。

『トータル・リコール』はアーノルド・シュワルツェネッガー主演のSFアクション映画である。フィリップ・K・ディックの短編小説『追憶売ります』(We Can Remember It for You Wholesale)の映画化だそうで、例によって私は原作は読んでないが、映画を見る限り、原作の内容とは大いにかけ離れているだろうことは想像できる。『攻殻機動隊』でも取り上げられていた、記憶を人為的に操作できる、という「空想科学小説」らしい着想がテーマになっているのだが、映画は理屈抜きのアクション重視のものになっている。

さて、「この折に」の問題は、そのテーマでも、娯楽性でもなく、話の大筋である。(以下、ネタバレ含む)

火星植民地はエネルギー鉱石の採掘で栄えている。
火星の大気は人が住むには適さず人々はドーム内の街に住んでいる。
(ドームの外に放り出されると、目玉と舌が飛び出して死に至る描写がグロテスクかつ滑稽で記憶に残る)
昔のドームは出来が悪かったため、一部住民は太陽放射能の影響で、奇形となっている。
彼らの一部は地下組織を結成し、火星の実権を握る採掘業者と対立し、争いが絶えない。
ある山は、古代の異星人の遺跡が発見されたことで、採掘が中止された。
記憶を書き換えられたがシュワルツェネッガー扮する主人公は、実は、この遺跡の秘密を保持しているが、思い出すことができない。
秘密とは、異星人の残した「リアクター」を起動すれば、大気は浄化され、人々は大地で自由に暮らせるようになる、だが、人々を自分たちの権力に縛り付けておきたい採掘会社はそれを隠している、というもの。
主人公はついに「リアクター」に到達する。採掘会社の重役は、やめろ、「リアクター」を起動すれば、メルトダウンを起こして火星は崩壊するぞ、と脅すが、構わず起動する。すると、大地が揺れ(大地震が起こり)、山から酸素が噴き出し、大気が形成される。そして苦しめられてきた人々は解放される...

「リアクター」は日本語では「反応装置」と訳されるが、一般的には「原子炉」nuclear reactor の意味で使われることが多い。ここのところ連日、NHKの英語ニュースでは、"reactor", "reactor" と連呼されている状況である。
映画では「リアクター」の起動が、環境を浄化し、人々の住みやすい世界を作る。だが、現実には、「リアクター」は環境を汚染し、人々の住めない世界を作り出すのである。映画はまったく悪い冗談か、一種の「褒め殺し」に見えてしまう。

大津波のシーンがあるから劇場公開延期といった映画もあるというのに、いったい、テレビ朝日は、どのような意図をもって、わざわざこんな映画を「この折に」放送したのだろうか? 以前からの放送予定の偶然の一致に過ぎなかったのであれば、何とも、皮肉な話ではないだろうか。

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続・冬の風物詩

冬の風物詩、で述べた悪趣味の最たるものを見た。
トレンチコートのベルトを尻尾のごとく長々と後ろに垂らした男。どうかしてるぜっ!
そんなに邪魔ならベルト付きのコートなんぞ買うなよなっ!

別の冬の風物詩はロングブーツ。タイツに脚を通してこれを履き、膝上丈のスカートと組み合わせている女性が目につくのだが、かなり難しい組み合わせだと感じる。ブーツというようり「長靴」に見えてしまう。特に、ふくらはぎと履き口に隙間があるとそうだ。脚の長さに対して、スカートの長さ、ブーツの長さ、このバランスが難しい。誰にでも似合う組み合わせではないと思う。無難なのは、眺めのスカートで、ブーツを半ばまで隠すことだと思う。ブーツを見せびらかしてもしょうがない。

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