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最近の自動車事情ならびに自動二輪車のよいところについて

最近の自動車は、事故時の衝突安全性、環境保護対策、燃費向上に注力し、ますます構造が複雑化している。その結果、出来上がったのは、重く大柄で、乗ってもつまらない、大人しいクルマばかりだ。こういう方向性ばかりではつまらない。

その点スズキの原付「チョイノリ」は逆を行っているのがすがすがしい。あえて、構造をシンプルにし、部品点数を減らし、コストダウンを計った。海外の安い労働力で、生産コストを下げる流れに逆らって、国内生産のみである。(個人的には4ストなのが悔やまれる、これで革新的な2ストエンジンを積んでいれば文句のつけようがなかった)(多くの人は自動車の免許は持っているが、自動二輪の免許はもっていない、けれども、原付1種は乗っていいことを思い出して欲しい)
「チョイノリ」の概念を、自動車でも実践してみてはどうだろう。そこで私が想像するのは、昔の排気量360ccの規格の軽自動車を最新の技術で作るというものである。
当時の軽自動車のエンジンはリア配置が主流だったが、現在の技術をもってすれば、FF化は問題ない(この革新を行ったのがミニですね)。マニュアルトランスミッションもよいが、スクーターのようなVベルトの無段変速機を積んで、ゴーカート感覚にする。車重は軽いし、タイヤ径もごく小さいから、パワステは必要ない。もちろんエアコンなんぞ要らない、三角窓とサンルーフで十分だ。後ろのシートは狭くとも、チンクのように大人が乗れなくもないぐらいは確保したい。カーナビ?CDチェンジャーだ? ポケットPCを持ち込めば何とでもなるでしょう。
そんな車があったら、私はぜひ乗りたい。(「たのみこむ」の企画で、現代版チンクというのがあったが、これは現在の軽自動車にチンクのボディを被せたもので、コンセプトが異なる)

安全性向上のため、車体剛性の強化、それに伴い車体の肥大、重量増加、エンジン出力を上げるため排気量増大、排気処理デバイスの強化...と、現代の自動車は悪い循環に陥ってしまっているように思える。大気汚染を減らし限りある資源を有効活用するためには、そもそもエンジンを小さくし、車体を軽くすべきではないか。

まず、今の多くの車は簡単に速度が出すぎてしまうのがいけない。自動車はスピード感を感じにくいから、高速で走ることは簡単だと運転者が勘違いしてしまう。快適装備の充実ばかりにとらわれて、最大の安全は運転手自身が確保するものだという、一番大切なことをすっかり忘れてしまっている。安全装備が充実しているから大丈夫なのではない、それはバイクに乗るときのヘルメットと同じこと、あくまで不測の事態に対する保険にすぎないのである。
二輪車は、自動車よりずっと速度感が感じられるし、路面の影響をもろに受け、自分のバランス感覚でそれを補わないといけないので、運転感覚を養うのにとてもよい。さらに、二輪車は現在の交通事情の中で危険な状況に陥りやすい立場であるから、いやでも安全意識の向上に役立つ。
一般道では、原付2種のスクーターで交通の流れリードできるぐらいであるから、そんなに速度が出せる必要はないと思う。高速道路のことを考えても、110km/hほとで巡航できる能力があれば十分でないか。(そんなんじゃ仕事にならんぜと過積載に忙しい働きバチどもは言うだろうが)

イタリア人の運転は荒いようで、それはドライバー同士がしっかりコンタクトしているから成り立っているのだ。ところが、日本人ときたら、コンタクトする気は端からない、平気で曲がる直前に減速して、あたかも追突してくれと言っているかのように、あるいは追突された場合の言い訳とばかりに、そこで初めてウィンカーを点灯するのだ。駅前の歩行者の多い信号のない交差点を減速もせず通り過ぎていく連中は全員免許没収、自動車学校で再教習すべし。

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