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父子関係

私はテレビアニメ『ミスター味っ子』が大好きなのだが、その中でもとりわけ「味仙人トーナメント」のシリーズが好きだ。
何でも黄金の舌をもつ味仙人なる味を極めた老人が山奥の寺に住んでいて、彼にうまいと言わしめて、その舌を見ることができるのは、料理人最高の栄誉となる。ただし、味仙人に会うためには、各地の料理人が持っている四枚の札を集めなければならない。主人公味吉陽一は料理対決で彼らを破り札を揃える。味仙人の寺を訪れると、適当な食材がなく、どんな料理を作ってよいかわからない。味仙人は病気になる。陽一は味仙人の回復を願って米と塩と野草で4種類の粥を作って食べさせる。それを食べた味仙人は元気を取り戻し、「うまい」と言って、黄金の舌を見せる。
味仙人との直接対決の際、父親を亡くした陽一を常に暖かく見守っている丸井シェフが付き添うのだが、なぜか彼は道先に詳しく、陽一を案内する。味仙人が黄金の舌を見せた印の札を陽一に渡すところで、味皇こと村田源二郎が現れ、彼が授かった札を見せ、戦後の貧しい時代、味仙人との出会いについて語る。味仙人は札を出すのはこれで三枚目だと言う。では二枚目は誰が? そこでずっと傍に控えていた丸井シェフがそっと札を取り出して見せる。

この回は実に感動的だ。これは理想的な父子関係を描いたものに思える。その点『スターウォーズ』三部作よりずっと素晴らしい。すでに、海の料理人との対決は、陽一のなくなった父親を軸にして描かれていた。
それを確認するかのようなエピローグとして、次回、丸井シェフは、再修業のためイタリアに旅立つことになり、陽一は最初に味勝負した相手である「おっちゃん」丸井と再度味勝負に挑むのだが、陽一はケーキを、丸井は赤飯を作って、互いに相手におめでとうを言うのである。涙、涙。


http://www.mainichi.co.jp/eye/hassinbako/2002/11/24.html
発信箱 >毎日の視点
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無法松のかなしみ
玉木研二(西部報道部)
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 北九州の作家・岩下俊作の「富島松五郎伝」は戦前から「無法松の一生」の名で何度も映画や芝居になり、筋立ては今も広く知られている。
 気性は荒く情にもろい小倉の車夫・松五郎。夫を失い、一人息子を育てる陸軍大尉夫人。松五郎はひそかに夫人に寄せる思いに苦しみながら、その家庭を守るため献身する。武骨な男の悲喜劇じみた恋物語。前はそんなイメージだった。
 しかし最近読み直してみて、随分と印象が変わった。夫人の愛息・敏雄と松五郎の関係である。気弱な敏雄は野性的な松五郎にひかれ、幼少期からなつく。だが旧制の中学、高校へと進むにつれ、次第に粗忽(そこつ)な松五郎をうとんじるようになり、離れていく。
 有名な小倉祇園太鼓を松五郎が飛び入りで荒々しく舞い打つ場面は、高校生の敏雄に見せた最後の雄姿である。以前私は夫人に寄せる思いを太鼓にぶつけたと解釈していたが、どうも違う。いうなれば、父のかなしみ。この場面はそれを発信しているのではないか。
 近年、中央教育審議会や文部科学省は「父よ、家庭に帰って子供と対話を」と呼びかける。企業に「早く帰宅させて」と要請した。「父性の喪失」という言葉が現代家族論にしばしば出る。
 だが父と子は当然離れゆくものではないのか。松五郎は敏雄の実父ではないが、まぎれもなく育ての父だ。晩年酒に身を滅ぼした彼の遺品から敏雄名義で長年積み立てた多額の通帳が出てくる。物語はそこで終わる。
 「父の役割を」の掛け声に焦っても仕方がない。懸命に生き、静かにほほ笑んでいればいい。
(毎日新聞2002年11月24日東京朝刊から)

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