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くたばれ、ディズニー!

宣言する、私はディズニーが嫌いである。憎む。敵である。
ディズニーは悪の帝国である。差別主義者である。搾取者である。
くたばれ、ディズニー! ディズニーを粉砕せよ!

オウム真理教は悪党集団であったが、幼稚で、実践的ではなく、長続きせず、ボロを出した。そんなのはかわいいものである。世の中には、社会に貢献しているふうを装い、その悪巧みを覚らせない、もっと洗練された組織が多々存在する。
オウムは、テレビ映画シリーズ「V」のトカゲ星人たちのように、情報操作を武器にして、若者をたぶらかし、自分たちの味方に引き入れていった。これはもともとナチスの戦略を手本にしたものだが、それをさらに徹底させているのが他ならぬディズニーであることは疑いようもない。彼らは、若者が青年に達するずっと以前、幼少期から洗脳の下準備を開始するのである。

とある小学校で、プールに生徒たちが自分たちの手でミッキーマウスの絵を描こうと、許可を求めたところ、ディズニーはこれを拒否した。このことについて、著作権がある以上当然だと言う意見がある一方、ディズニーは子供たちの夢を壊したという批判も聞かれた。ディズニーが拒否したのは、法律的にどうか弁護士と相談の上、決定したのであろう。極めて妥当な判断だと思われる。もし、これを許可していたらどうだったろう。ディズニーは子供の夢に協力します、と。これでは、あまりに露骨で、彼らの黒い意図が見え隠れしてしまう。連中に抜かりはない。彼らは法に則った態度で挑む。洗脳されているのは実は批判者たちのほうだ。彼らは「ディズニーは子供の夢」だと決めてかかっている。子供の夢とは、そんな安っぽい、金で買えるものなのか。「ディズニーは子供の夢」、これこそ連中が信じ込ませたがっていることなのだ。それにまんまと乗せられた馬鹿どもよ、君たちは連中が申し訳なさそうな顔で批判を聞き入れながら、その裏でほくそ笑んでいるのがわからないのか。

ディズニーの真実は『アダムス・ファミリー2』のサマーキャンプの場面で描かれている通りである。
いつも陰気な顔をしたクリスティーナ・リッチと、スティーブン・キングを若返らせたような少年の二人は指導員たちから目の敵にされる。小屋に閉じ込められた二人は、ディズニーのビデオを何本も見せられて洗脳される。ディズニーは彼らの良いとするものだけを良いとしたい。連中は甘く囁いて、したり顔に近寄ってくる。はい、私たちはあなたの味方なんです、友達なんです~、と。連中は、客のことを、狭い棚にぎっちり詰め込まれ、機械で自動的に飼料を与えられ育てられる鶏と同じようににみなしている。彼らの幻想で封じ込め、飼い殺しにしてしまうのだ。
浦安のディズニーランドのことを、本社では「猿向け」と呼んでいる(らしい、多分、間違いなく)。
「君が代」はご法度、頭の中から消してしまえ、「星に願いを」を聞きながら、歴代アメリカ大統領の名前を暗記するのだ。あなたはパリを占領したドイツ軍の協力者となってパーティを楽しみますか、それとも地下室で集まるレジスタンスになりますか?

ある新聞の投書で妙に気になったのが、家族で海水浴に出かけたが、そこの出店のヤキソバが高くてまずくて、せっかくの楽しい休日が台無しになって不愉快だったというものだ。何とイノセントなんだろうか、この投稿者の主婦は。観光地に集まる浮かれた客が金を落としていくのを目当てにしている出店の連中が、うまい食べ物を提供することで、あなたの休日をいっそう素敵なものにするお手伝いができればなどと考えて商売しているとでも思っているのだろうか。
けれども、そういうあなたのためにディズニーがある。ディズニーは決して裏切らない。まずい食い物でぼったくるなんてことは絶対ない。保証つき、下請けをだましてこき使って作らせた、飛切りの食べ物で歓迎してくれる。私たちはあなたのために一生懸命これを準備しました。
イノセンス、連中が狙い、そこに巣くうのはこれなのだ、自分の幻想から脱しようとしない、心の牢獄、現実を認識することへの恐れ、甘え、周りが自分のために何かしてくれるのが当然だと思うこと、馬鹿どもが失われていない「子供の心」と呼ぶもの。
自由になるためにはまず自分が牢獄に閉じ込められていることに気づかなければならないと、グルジェフは言った。ディズニーの包囲網を打ち破ること、これなくして精神の自由はない。

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