« '05/05/01 ゴミ箱から拾ってきた映画『密室の恐怖実験』 | トップページ | '05/05/02 ゴミ箱から拾ってきた映画 - ゴミの山あるいは夢の島4 »

尼崎列車脱線事故をめぐるよしなしごと

多数の死傷者を出したJR西日本の尼崎での列車脱線事故について、事故原因の調査もかなり進んできたが、最初から原因ははっきりしていた。要するに、オーバーランの遅れを取り戻そうとしてスピードを出しすぎ、カーブを曲がりきれなかったということだ。それを置石があったのではないかと邪推するのは愚かだと思った。置石があったとしても、オーバースピードでコーナーに突っ込まなければ、それで脱線するということは考えにくいからだ。

 オン・ザ・レール感覚でのコーナリングと言う言葉がある。また、世界ラリー選手権で見られるテクニック、漫画『頭文字D』では「溝落し」と呼ばれるコーナリングは、タイヤをコーナーの内側の溝にわざと落とし、そこにひっかけるようにして曲がるものだ。レールに乗っていれば安定してよく曲がるといっても、おのずと限界はある。列車だってカーブの手前では十分に速度を落とすべきだ。
 手前で、そう、ブレーキングはコーナーの入口で完了していないといけない。コーナーの途中で下手なブレーキをかければ逆に体勢が不安定になる恐れがある(『頭文字D』によると、FF車では、コーナリング中に軽くブレーキをかけるとで、FF車特有の現象、タックイン、内側に切れ込むのを防ぎ、姿勢を安定させるという高等テクニックがあるそうだが)。
素人が想像するに、アルミの軽い車両で、かつ、中空の車内には、立ち乗りの乗客多数と言う、極めて不安定な重荷を抱えた状態で、下手な急制動を行えば、予測の付かない荷重移動が起こり、車体がバランスを失うことはありえるのではないか。
 自動二輪の免許を持っている人であれば、試験で急制動を行っており、ブレーキをロックさせると、どれだけ車体が不安定になるか体感している。前後のブレーキが別々に操作できるオートバイでは、簡単にリアブレーキをロックさせて、その感覚を味わうことができる(フロントブレーキをロックさせるのは転倒する危険大なのでやらないほうがよいだろう)。車は、四輪でしっかり地面に這いつくばっているし、構造上、わざと不安定になるようなブレーキングはできないし、ABSを装備していることも多いだろうから、サーキット走行でもしない限り、なかなか不安定なブレーキングを体感することはできない。これが公共交通の列車ともなれば、運転感覚を磨けるような走行を行える機会はほとんどないだろうし、運転で得られるフィードバックはトラックよりもっともっと少ないだろう。そういう乗り物で身に付く運転テクニックとはいかばかりのものなのか?
 このカーブは時速何キロで曲がれるという試算は、あくまで机上のものであって、どのような状況でコーナリングを行うのかまで、十分想定に入れたものではないだろう。二輪車では「握りゴケ」と呼ばれる典型的な転倒例があるが、これは、直線でいきなり下手なブレーキングをしてバランスを失ってコケるものである。速度が何キロでているかは関係ない。同様に列車でも、下手なブレーキによってコケるということがないとは言えないのではないか?

何がいけなかったのかと言えば、間違って停車駅を通り過ぎ、それで生じた遅れを取り戻そうと無理をしすぎたことにある。1分30秒の遅れを取り戻す場合、一つの駅区間でどれだけ縮められるのか、その基準はどうなっているのか、JR西日本からは何の説明もない。運転士任せなのだろう。そもそも停車駅を間違ったのがミスであり、そのミスがなければそこまで慌てる必要もなかったわけだから、本来そういうミスをなくすための工夫努力が必要とされるのに、その場しのぎの速度アップに終始するのが間違いなのだ。しかし、そういう取り繕いを奨励する風潮がわが国の社会には顕著である。
遅刻しそうになっている高校生が校門に駆け込んで、重い鉄柵に挟まれて死亡するといった事故がないようにしたい。もし、朝寝坊して、遅刻しそうになっても、決して走らず、いつものように歩いて登校されたい。それを不真面目であると見咎めた生活指導の教師はあなたを怒鳴りつけるだろう。この連中ときたら「生活指導」とは名ばかりの、鎖国社会の自らの地位にキュウキュウとした「ケツの穴の小さい(ハリー・キャラハン特有の噛み付き語)」奴らばかりだから、そんなところにまで決して考えが及ばないのだ。元国有鉄道に、こういう教育を受けた、ケツの穴の小さな連中がたくさんいて、何かというとガミガミいうだけの無能ぶり、有効な改善案を何ひとつ提示できないというのは大いにありそうなことではないだろうか。

* * * * *
こういう大事故が起こると、テレビは、事故を起こした会社の関係者が、被害者の親族宅を訪れ、頭を下げ、それに対して親族が涙ながらに非難罵詈雑言を浴びせるのを好んで撮りたがるきらいがある。いいかげんにしてもらいたいと思う。これが公共放送の公共たる責務だろうか? その光景を公開することが誰にとってどういうメリットがあるというのか?(放送局にとって視聴率をかせげるというメリット) 事故を起こした団体をバッシングしたいのか?
そんな暇があったら、JRの現役運転士に実際の状況をインタビューする、その上司たる人物に取材を申し込むなど、他にやるべきことがあるのではないか。

|

« '05/05/01 ゴミ箱から拾ってきた映画『密室の恐怖実験』 | トップページ | '05/05/02 ゴミ箱から拾ってきた映画 - ゴミの山あるいは夢の島4 »