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18人の子供を1日に3人ずつ殺すと、何日で全員を殺せるでしょう

愛知県岡崎市の市立小学校で7月、3年生の担任の男性教諭(45)が、算数の授業で「18人の子供を1日に3人ずつ殺すと、何日で全員を殺せるでしょう」と出題していたことが15日、岡崎市教育委員会への取材で分かった。教諭は児童に謝罪し、市教委は7月16日付で教諭を厳重注意処分とした。
市教委によると、教諭は割り算の問題として、口頭で児童に問い掛けたという。市教委に保護者とみられる人物から通報があり発覚。学校の聞き取り調査に、教諭は「ついやってしまった。二度としない」と話した。

(後略)

このニュースで、私が最も気になったのは、教師のあたかも生徒に殺意を抱いているような算数の応用問題の発想と選択よりも、この問題に対して生徒がどのように答えたか、という点についてである。皆、恐れをなして、何も答えられなかったのか、それとも、何らかの答えを提出したのか? そして、もし、答えがあったのなら、それはどういうものだったのか?

無難な算数の応用問題を考えてみた。
問1)「太郎は毎日二本バナナを食べます。太郎は一週間で何本バナナを食べるでしょうか?」
解1)十四本
問2)「バナナが十本ありました。太郎は毎日二本バナナを食べます。バナナは何日でなくなりますか?」
解2)五日

単純な掛け算、割り算の問題のつもりである。次に問2を少し捻ってみよう。
問3)「今日は四月一日です。バナナが十本ありました。太郎は毎日二本バナナを食べます。バナナがなくなるのは何月何日ですか?」
解3.1)四月六日
バナナは五日間でなくなるので、四月六日にはなくなっている。
解3.2)四月五日
四月五日に最後の一本まで食べてしまうから、なくなるのは四月五日。
議論の余地があるのは、四月五日一日単位で考えれば、その日、バナナはまだ残っていたと言えるかもしれないという点である。
だが、実践的には、解3.2のほうが望ましいと思われる。それは、最初あったバナナの本数を九本にしてみれば明らかである。その場合、太郎君は、四月五日にバナナをもう一本食べることができなくなってしまい、支障が生ずるからだ。
だが、世の中には、これでも納得できない人もいるかもしれない。
解3.3)四月三日あたり
バナナが十本あったというのは過去への言及であり、それが四月一日時点のことであるとは特定されていない。十本あったのはそれ以前の可能性がある。そして、問題文全体の文脈から、今日はまだ残っており、未来になくなることが推測される。例えば、四月一日時点でバナナが六本残っていたとすると、食べきるのは四月三日になる。

つまり、単純な算数の問題には国語の「問題」が含まれているのである。

そこで問題「18人の子供を1日に3人ずつ殺すと、何日で全員を殺せるでしょう」について考えてみると、...
恐らく、望まれる答えは、六日と思われる。
だが、私のような捻くれ者はそのようには考えない。六日で十八人を殺すのは無理がある、と考えるのだ。
となると、一週間に一度犯行に及んだとして、三十五日ぐらい(四十二日ぐらいではないことに注意!)と答えたくなる。もっと現実的に、一ヶ月に一度ならば、百五十日ぐらいということになる。
望まれる答えを導きたいのであれば、問題文をもっと明確にする必要があるだろう。
「18人の子供を毎日3人ずつ殺します。何日で全員を殺せますか」

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