« '10/11/03 ゴミ箱から拾ってきた映画、『エル・ゾンビ II 死霊復活祭』(西73年)RETURN OF THE BLIND DEAD | トップページ | '10/11/11 ゴミ箱から拾ってきた映画、『エル・ゾンビIV 呪われた死霊海岸』(西75年)NIGHT OF THE SEAGULLS »

松屋の牛めし、あるいは日本のものづくり

私は基本的に外食をすることが滅多にない。美味いものを食べたいという欲求が小さいため、敢えて外食を行うことはほとんど皆無であり、必要に迫られて外食を行うことさえ稀である。
食べ物屋で一人で食事となると落ち着かないのが嫌なのだ。(カフェの屋外の席で一人、読書でもしながら、くつろぐなんてのは到底考えられない性質だ...)
先日、外食の必要が生じたので、どうしようかと少々迷った末、結局、何度か入ったことのある松屋で食事をした。あらかじめ食券を買って注文、カウンター席のみ、という気楽さから、一人でも気兼ねなく入れる。食事が美味いか不味いかなんてのは二の次である。注文したのは、牛めし(並)。松屋では全品味噌汁つきである。店員が注文を受けてから、注文した品が出てくるまでが早い。
普段、高価な牛肉を買うことはないので、牛肉を食べたのは、本当に久しぶりとなる。だが、何なのだろうか。この薄っぺらく、ぱさぱさした肉が牛肉なのだろうか? 豚バラみたいだ。牛肉というと、個人的には、ステーキよりすき焼きの印象が強いのだが、その薄い肉よりさらに薄っぺらい。肉以外の具は玉葱しかない。そして、味噌汁。これが味噌汁? 味噌汁とはこういうものなのだろうか? 決して料理が得意でもない、私が自分で作る、具沢山の、おかずになる味噌汁のほうが、誰でも美味いと言うに違いない。それにしても、インスタントの、醤油を飲んでいるような味の味噌汁のほうがまだ美味いと思う。とにかく具が少ない。味噌は味気ない。
だが、美味いか不味いかと問われるならば、美味いとも思わないが、だからと言って食べられないほど不味いわけではない。味にこだわらなければ、空腹を満たすには手っ取り早い。
カウンター内の店員は三名。例の「いらっしゃいませ、こんにちは」という、変な挨拶が気になる以外、特に気になる点はない。食券販売だからレジ担当はいない。恐らく、売り上げ集計も機械がやってくれるのだろう。単価の安い店だから、回転率が勝負である。客は、とっとと食って、そそくさと帰っていく。食べる側の自分もそうで、味を求めているわけではない、ガソリンスタンドで燃料を補給するがごとくに、胃に詰め込み出発するだけである。
松屋だろうが、すき屋だろうが、吉野家だろうが、同じことだ。どの店がどうだと論評する人もいるが、自分は、そんなのはどうでもよいと思っている。せいぜい値段の差が気になるぐらいだ。

ニュースを見ていたら、海外生産していたノートPCが国内生産に切り替えられたというのを放送していた。(どうやら富士通らしい) これは国内の生産技術の「空洞化」や流出を防ぐためだけのものではない。そのほうが他にも色々利点があってのことらしい。例えば、これまでは海外生産していたメイン基盤はどうしても不良品の発生が避けられなかったが、国内生産に切り替えたところ、不良率がほぼゼロになったそうである。生産現場では、徹底した生産効率向上が図られている。工員たちは、手の動きを十センチ少なくすれば、それだけでわずかでも作業時間が短くなると真剣に意見を交わす。作業現場には、0.1秒を積み重ねろ、といったような横断幕が掲げられている。
これが日本の誇る「ものづくり」の現場の典型なのだろうか? 考え方は、松屋と大差ないのではないか?

0.1秒は、作業時間の「ぶれ」程度のものでしかない。作業時間をわずかに短縮できたとしても、生産効率に与える影響はごくわずかだろう。このような努力は、生産効率の向上のためというより、むしろ、作業員が反復作業に慣れてしまい、作業への熱意を失うことを防止するのが真の目的だろうと思われる。
こんな努力目標は、個人的には、悪い冗談としか思えない。だが、恐らく、現場では、その悪い冗談に、皆が目の色を変えて真剣に取り組んでいるのだろう。それに疑問を抱くものは、職場の和を乱す異分子である。彼は徹底的に糾弾され、排除される(のだろうと、空想する)。
理論的には、0.1秒であれ、時間短縮を積み重ねれば、全体の作業時間が短くなるのは間違いない。それは、数学の確率の考え方では、百回サイコロを振っても、出したい目が出ないことがありえるのと同様である。だが、実際にはそんなことはありえないのではないか。それが信じられないのであれば、毎日サイコロを振って、目的の目が何回で出るかやってみればよい。個人的には、そんなことは馬鹿げた、無駄な試みだと思う。しかし、やってみたい人はどうぞ、止めはしない。

0.1秒の積み重ねが作業効率を向上させるというスローガンを見聞きして、私は、ミヒャエル・エンデの子供向け小説『モモ』に出てくる、時間貯蓄銀行の灰色のセールスマンを思い出した。彼らは、あなたはどんなことにどれだけ時間を使っているかと秒単位で計算し、どれほど生涯の限られた時間を無駄にしているかと訴える。そして、当行と契約し、どれだけ時間を節約すれば、どれだけ利子が付くかと、得々と説明する。人々は、彼らの提示する数字に心惑い、契約し、安心する。

これが日本の誇る「ものづくり」を支える信念なのだろうか?
このような「技術立国日本」はそれほど誇るべきものなのだろうか?

|

« '10/11/03 ゴミ箱から拾ってきた映画、『エル・ゾンビ II 死霊復活祭』(西73年)RETURN OF THE BLIND DEAD | トップページ | '10/11/11 ゴミ箱から拾ってきた映画、『エル・ゾンビIV 呪われた死霊海岸』(西75年)NIGHT OF THE SEAGULLS »