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「安全な原発」というものはない

テレビでその独特な環境論を論じ、一躍有名となった武田邦彦、中部大学教授は、原発というと、日本には、何が何でも推進派か、何が何でも反対派の二種類しかいないが、自らは安全な原子力発電推進派であると、のたまっておられるが、果たして安全な原発なるものがどのように実現可能であるか、何の説明も与えてくれないのに不満を覚える。
福島原発の事故は、設計時の耐震強度が低すぎた、さらに、また施工が設計通りでなかった、津波に曝される立地条件が良くなかった、と問題点はいくつも挙げられるだろう。だからと言って、それら課題を解決していけば、安全な原発になるとは思えない。
原子力はわずかなものから莫大なエネルギーを得ることができる。だが、その代償として、恐ろしく有害な物質を生じさせる。放射能汚染は環境を破壊し、生物の住めない死の世界を作り出す。

三菱から蒸気の出ない炊飯器が発売されている。飯を炊くのに蒸気が発生しないはずはなく、単に、発生する蒸気を外に出さず、封じ込め、冷却することで水にしてタンクに溜め込むのである。原発も同じようなものであって、喧伝されるように原発がクリーンというのは、有害な物質を生じさせないからクリーンなのではなく、単に、生じる放射性物質を封じ込めているに過ぎない。
有害な核廃棄物は、ガラスで固めて地中深く埋めれば問題なく、安全であると言う。恐らく、実際、それで問題が発生することは、しばらくの間、少なくとも自分が生きている間は、ほぼ間違いなくない思う。だが、そんなことはしてほしくない。そんなゴミは捨てないでほしい。出さないでほしい。

新聞の投書欄で、原発は資源のない日本にとってその経済発展のために不可欠であるという投稿を読んで、彼は前途有望な若者だと思った。このような若者が大企業に就職し、昇進を重ねて、日本経済を支えていくのだろう。彼にとって、例えば、四日市市民が大気汚染による喘息で苦しめられた事実は、高度経済成長のための、いたしかたない犠牲だったという見解になるのだろう。利益優先で、人々の住環境を汚しても顧みない、企業のエゴが生み出した悪行だとは決してならないのだろう。いったい何のための経済発展なのだろうか。金よりも青空がほしい、四日市市民は皆そう願ったはずだ。

原子力は現代の科学では手に余る代物である。実際、何件も取り返しのつかない重大な事故が発生している。「安全な原発」はありえない。原子力は生態系を破壊するには最高に有効な兵器となるが、この闇の力を科学はまだ手なずけられていない。フォースの暗黒面に取り込まれてはいけないのである。
すぐにでもイスカンダル星にコスモクリーナーを取りに行け。
原子力を推進する前に、科学者はまず、放射能除去装置を提供するべきである。
原子力は反エコロジーの大将であり、地球にとって忌まわしい癌のようなものだ。人間がこれを作り出したことを忘れてはいけない。科学者はなぜこの発明を封印しなかったのか? 科学を礼賛する浅はかな愚か者どもめ。生きるにはもっと大切なものがいくらでもある。

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