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'20/05/30 ゴミ箱から拾ってきた映画、ケン・ラッセル監督『恋人たちの曲/悲愴』(英1970年)THE MUSIC LOVERS

自分はクラシック音楽はそれほど得意ではないが、好きな曲はいくつもあるし、多少なりともコレクションもしている。なんの気まぐれか、東京フィル演奏のレスピーギ作曲ローマ三部作を聴きとおしてみて、大編成のオーケストラでのいわゆる交響詩というのは、なかなか耳になじまない(もう少し楽器の種類を絞った編成のほうがわかりやすい)と毎度思いつつ、なぜかダニエル・バレンボイム指揮、シカゴ交響楽団演奏のチャイコフスキー作曲交響詩コンピレーションアルバムがiTunesライブラリに入っており、なじみのある一曲目「ロミオとジュリエット」は飛ばして、二曲目「フランチェスカ・ダ・リミニ」を聴いてみた。やはりピンとこない。
調べてみたところ、フランチェスカ・ダ・リミニというのは、ダンテの「神曲」に登場する実在した女性で、色欲(不倫?)の罪で地獄に落ちたパオロとフランチェスカのエピソードに出てくる。「パオロとフランチェスカ」というと、イタリアのロックバンド、ニュー・トロルスの名盤「UT」(1972年)にそのものずばりの曲が入っている。また、「トルコ風呂」やら「泉」やらで知られる、新古典主義絵画の大家アングルが、このエピソードを元にした絵を残している(日本語版Wikipediaではアングルの作品が取り上げられているが、同じ題材で他にも多数作品あり)。この絵画、すっかり気に入ってしまった。

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それはさておき、チャイコフスキーと言えば、音楽家の生涯をネタにした映画を何本も撮っているケン・ラッセル監督が、『恋人たちの曲/悲愴』(英1970年)THE MUSIC LOVERS で、その生きざまを描いている。この映画、昔々、テレビの吹替放送で見て、大層気に入った。すぐにも見たくなったが、調べたところ、意外にも、国内版ソフトは、昔ビデオが出ていたものの、DVD化されていないようだ。

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ただし、録画した覚えがあり、デジタル放送でコピー制限強化されて以来、すっかりHDD録画しっぱなしで収拾がつかなくなる以前、一生懸命HDD録画した映画をDVD-Rに焼いていたものを、ジャンルや監督別に整理したバインダで探したところ、すぐ見つかった。スカパー「ムービープラス」で放送されたもの。恐らくビデオと同じソース。画質はそこそこ。もちろん、日本語字幕あり。
2時間を超える映画だが、面白くてなんの苦もなく一挙に見通せてしまった。

チャイコフスキーの伝記映画のような、その生涯を、カリカチュア化して、あるいは「エッジを際立たせて」エキセントリックにドラマ化したものである。もちろん、全編、チャイコフスキー作曲の名曲が流れる。(アンドレ・プレヴィン指揮、ロンドン交響楽団演奏)
クラシック音楽は[声楽曲でなく器楽曲であれば]比較的気にならないが、ビートルズとか、ボブ・ディランとか、あまりにポピュラーなヴォーカル曲を映画に使われると、そちらに気を取られてしまって逆効果になる嫌いがある。チャイコフスキーぐらい、なじみのあるメロディーだと、やはりそうなる恐れがありそうだが、ケン・ラッセルの音楽の使い方は適確で、音楽に負けない鮮烈な映像を組み合わせることで、両者が引き立て合うという、見事な効果を上げている。(映画初めのほう、音楽院のこじんまりとしたホールで、チャイコフスキー自らのピアノ演奏で、ピアノ交響曲第一番を発表するシーンからして鳥肌もの。屋外ステージでのバレエ上演シーン等、演奏シーンのみならず、ため息の出るような美しいシーン多々あり)

日本では、テレビドラマ「将軍 SHOGUN」(1980年)の主演で、島田陽子が共演したことが一番知られていると思われる、リャード・チェンバレンがピョートル・イリッチ・チャイコフスキーを演じるのだが、このキャラクター造形が、幼少期に母親をコレラで亡くした(*1)のがトラウマになっていて、女となると母親(とせいぜい妹)しか受けつけられず、ホモ・セクシャリティーに偏向しているが、それを自ら認めたくないがために、馬鹿げた恋文に「コロリ」と騙されてパラノイア傾向のあるビッチ女と結婚して失敗する[実質、「偽装結婚」になる]といった、どこまで史実なのか疑問に思わざるを得ないものになっている。(パトロンの未亡人に第四交響曲を献呈したのは事実だが、援助が打ち切りになった原因が、未亡人が彼の男色を知ったからなのかどうか定かでない。この時点で、もう、この映画を受け付けられない方多数かと…)

(*1) コレラ治療法として熱湯風呂に入れるというのが出てくるが、史実なのかどうか不明。コレラによる死亡原因は脱水症状によるもので、ここのところ再放送されていたドラマ「JIN -仁-」(2009年)では、砂糖と塩を一定割合で水に溶かしたものを与え続ける治療を行っていた。

その結婚相手を演じた、グレンダ・ジャクソン(個人的には『ウィークエンド・ラブ』(英1973年)A TOUCH OF CLASS が忘れがたい)の怪演は、この映画の最大の見どころになっている。この女、本当にこんなだったのか、相当疑問。あまりにひどいので、人間的にひどいという意味ではなく、その悲惨な顛末が。(明らかに史実ではない。こういうケン・ラッセル監督らしい、やり過ぎな感じが、受け入れられるかどうか)

当ブログ記事「'07/09/07 ゴミ箱から拾ってきた映画『リストマニア』(英75年) LISZTOMANIA」では、「チャイコフスキーの生涯を描いた「恋人たちの曲/悲愴」では、強烈な描写はあっても、時代背景は守られていたし、幻想的なシーンはなかった」と書いたが、いかにもケン・ラッセルな幻想シーンが最後のほう、序曲「1812年」に乗せて展開される。(このシーンはテレビ放送ではカットされていたか、単に自分が忘れてしまったのだろう。その他に、グレンダ・ジャクソンの空想シーンがいくつかある)

当ブログ記事「'19/1/18 ゴミ箱から拾ってきた映画、マウロ・ボロニーニ監督『沈黙の官能(フェラモンティ家の遺産)』(伊1976年)L'EREDITA FERRAMONTI」に書いた感想がこの映画にもそっくりそのまま当てはまる。
「なんともえげつない話」なのだが美しい、「すべてが美しい」。「人の業は深い、欲にまみれて罪深い、人生にはいろいろなことがあるが、すべてひっくるめて、美しい」。「間違いなく、良い映画です。」

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