自衛隊は軍隊か?(その3)

特攻服を着て改造バイクに跨った一団を「暴走族」と呼んだところ、彼らは自分たちは「暴走族」ではないと言う。なぜなら、彼らは、交通法規を守り、制限速度で整然と走っているから、「ツーリングクラブ」なのだそうだ。
(逆にBMW純正品で身を固めBMWに跨った一団であっても、迷惑運転を行っていれば、「暴走族」と呼ばれなくもない)
であるならば、自衛隊が軍隊でないと言えるには、彼らが軍事活動を行っていなければよい、ということになるかもしれない。
しかし、彼らが行っている演習や、海外での活動が軍事活動でないと言えるだろうか?
目的が専守防衛や、国際貢献であれば、軍事活動ではないと言えるだろうか?

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自衛隊は軍隊か?(その2)

合気道は攻撃する技を持たないから格闘技や武道とは異なる護身術である、というのは理屈が通っているように思える。

拳銃を持っておもむろに銃口を自分に向け煙草に火を付け、「これはピストルではなくライターなんだよ」と言われれば納得する。
しかし本物の拳銃でうるさい蠅を狙って撃って壁を穴だらけにして、「これはピストルではなく、虫除けなんだよ」と言われても、危なくて放っておけない。

あなたが狩猟用のナイフを飛行機の客室内に持ち込もうとして止められ、これは凶器ではない、狩猟用だと言っても無駄なことである。

あなたは伝家の宝刀を所有することができる。どれだけ飾りのように見えても、それが刀であることに間違いない。いざとなれば、曲者を切ることはできるのだ

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自衛隊は軍隊か?

と問われれば、そうだ、と答える。鯨は魚ではない、哺乳動物である。そのように、自衛隊は軍隊でないと言い切れるのであれば、自衛隊は何だと言うのだろうか? 自衛隊は自衛隊としか言いようのない自衛隊そのものである、とでも言うのだろうか?
一つたとえ話をしよう。
読売巨人軍によく似た格好をした一団がいたので、あなたたちは野球チームですかと聞いたとする。すると、彼らは、そうではない、と答えた。
(ケース1)
そのはずなんですけどね。
監督の厳命で、攻撃できないんですよ。何のためにバットをもっているのか。守りだけじゃあ、試合になりませんよ。
(ケース2)
いいえ、私たちはフットサルのチームなんです。
どうにも困ったことなんですけどね。これじゃあ、フットサルなんかできやしませんよ。このグローブやバットが何の役に立つんですかね。仕方ないので、本業そっちのけで、野球ばかりやってるんですよ。

すなわち、(ケース1)は、間違いなく野球チームである。(ケース2)は、フットサルのチームのはずなのだが、実際的には野球チームである。

もし、自衛隊が、戦闘機や戦車や潜水艦や巡洋艦やヘリコプターや遠距離ミサイルや自動小銃や、云々を持たず、サンダーバード1号、2号、3号、4号、5号をもっているのであれば、自衛隊は軍隊ではなく、国際救助隊であると認めよう。

ただし、軍隊は必要かどうか、と問われれば、どう答えるか? それが問題だ。

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参議院選挙は行きましたか?

参議院選挙は行きましたか? 私は三重県在住、三重県といえば民主党党首となった岡田克也氏の地元、民主党候補芝博一氏が一つしかない議席に初当選した。民主党を指示しているわけでも、その政策に共鳴するわけでもなく、自民小泉政権の存続に反対する理由はないが、今回、民主党に一票を投じたのは、岡田氏を敗北させたくないという気持からである。すったもんだのあげく、党首に押し上げられ、これで選挙戦に負けてしまったとしたら、ちょっとかわいそうじゃないか。実直なお人柄、都に行ったスミスではないけれど、こういう人が政治の汚濁に溺れず、生き残っていくためにできることをしたいと思ったまでだ。(でも、彼の母体であるジャスコ・イオン・グループには何の思い入れもないよ、家の近くにないからね)

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自己責任とは

イラクへの渡航は自己責任でと政府が呼びかける。
この「自己責任」という言葉を巡って、国は冷徹であるといった批判が起こる。
では、問う。
もしあなたの家族がイラクでテロリストに殺害されたとして、それは誰に責任があったと言うのか、あるいはそのことについて誰がどのような形で責任を取らなければならないと言うのか?
明確に回答せよ。

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イラクの自衛隊派遣に反対する理由これいかに?

イラクの復興支援という大義名分で、わが国の自衛隊が派遣されたことについて、賛否両論あるわけだが、反対の理由として、派遣先で自衛隊員が命を落とす恐れがあるというものは、議論の対象にならないと思う。自衛隊という職業は、命を張った危険な作業を行うことを使命としており、隊員は多かれ少なかれ皆そのことを自覚しているものと思う。そういう彼らについて、大怪我をするかもしれないから行かないほうがよいなどと言うことは、消防隊員に対して火傷をするかもしれないから消火活動をしないほうがよいと言うのと同じように聞こえるのだ。

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