60’s STYLE BOOK

5139ho6vfl_sx315_bo1204203200_

おしゃれのヒントがたくさんつまった60年代スタイルブック

主に以下の女優とその出演映画が紹介されている。
ジーン・セバーグ
ツィッギー
カトリーヌ・ドヌーヴ
ジョアンナ・シムカス
ブリジット・バルドー
アンナ・カリーナ
クラウディア・カルディナーレ
モニカ・ヴィッティ
ジェーン・バーキン

その他、
オードリー・ヘプバーン
ジャクリーン・ケネディ
マリア・カラス
マリリン・モンロー
ジャン=ポール・ベルモンド
への言及あり。
彼ら以外の出演映画もいくつか紹介されている。

|

サン=テグジュペリ『星の王子さま』池澤夏樹訳

サン=テグジュペリの『星の王子さま』を一度も読んだことがなかった。世間にはこの本を絶賛される方が結構いらっしゃるようで、果たしてどのような内容なのだろうか、とても興味があった。
71o6yoxi5kl_3

話全体の大きな流れをまとめておく。

- - -
6年前に飛行機で砂漠に遭難したときの体験

1日目 王子と出会う 羊の絵
2日目 小惑星325
3日目 バオバブの木
4日目 夕陽
5日目 羊と薔薇の話から、王子の旅の話になる
(一年前)
 惑星1 王様
 惑星2 うぬぼれ男
 惑星3 酒飲み
 惑星4 ビジネスマン
 惑星5 点灯夫
 惑星6 地理学者
 惑星7 (地球の砂漠に降り立つ)
  蛇
  一輪の花
  (こだま)
  (薔薇庭園)
  狐
  転轍手
  商人
(現在)
8日目 王子の話が終わり、飲み水がなくなる
9日目 井戸を発見
10日目「記念日」飛行機修理完了、王子との別れ
- - -

飛行機事故で、砂漠に隔絶された状況は、「通過儀礼」に似ている。疲労困憊の中で、儀礼の参加者は幻想を見るという。私が言いたいのは、主人公が見た王子は幻想だったということではなく(もちろん、主人公をフィクションにおける現実的な存在という前提に立つ限り、王子は非現実的な存在であり、幻想ではあるが)、『星の王子さま』という話が、明らかに通過儀礼の形式を持っていて、主人公がこの儀礼的な経験を通じて6年前に何か「変わった」という内容になっている、ということだ。

主人公が助かるのは、王子が水を与えたからであり、その代わり王子は自ら死を選ぶ。王子が星に戻るというのは、死者が星になるというありふれた概念で表される。肉体は重くて持っていけないのだ。
ありていに言って主人公が学んだことは、死は終わりではないということ、言い換えれば、死という宿命に対して勇気をもって向き合えるようになったということ、ワーズワースの作品名を借りれば、"Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood" ということになる。

私は、この作品は、先日テレビを見ながらなんとなく一通り読んだあと、もう一度読み返して細部を確認したのみで、十分読み込んでいないため、まだ細部については理解できていない部分が多い。そのため、全体を通しての印象以外は、ごく断片的な感想しか書くことができない。

はっきりしているのは、王子が住んでいた小さな惑星は、人の「こころ」を表していること。悪い種(憎しみとか、悲しみとか)が根を張って壊れてしまわないように、こころにはケアが必要なのだろう。
王子の小惑星の大きな変化として、あるとき一輪の薔薇が咲く。まさに「こころの花」だというわけだが、これは自我というべきものだと思う。かみ砕いていえば、自分たるもの、自分とは何かということ。
凡百の解説では、王子が自分の小惑星を後にしたのは、薔薇と喧嘩したからだということになっているのだが、王子は薔薇に猜疑心を抱くことはあったとしても、喧嘩をしたとはどこにも書かれていない!
王子は薔薇と喧嘩して自分の星の居心地が悪くなったから出て行くことにしたのではなく、まさしく「自分探しの旅」に出かけたのである。それは王子の成長に伴う必然だった。

6つの惑星で出会う人々のアイデンティティーは、王子を納得させることができなかった。そこで次の惑星、地球を王子は訪れるわけだが、地球に住む人々は、先の6つのタイプに分類される。(この分類がどのような妥当性をもつのか、個人的にはかなり不安を感じる)
そこで出会った人間が主人公であり、お互いどのタイプにも属さないもの似たもの同士であることを、絵のやり取りで確認する。(王子は極限状態の主人公が生み出した幻影であり分身なのだから、似ていて当然)
羊を描いてくれと頼まれた主人公は、羊が入っているという箱を描いて、王子はそれに納得する。パンドラの箱の中には災いが、浦島太郎の玉手箱の中には歳月が詰まっていたが、この箱の中にあるのは、自らが欲するもの、すなわち希望である。

王子は薔薇園でたくさんの薔薇が咲いているのを見て、自分の小惑星の薔薇は特別なものではなかったと悲しみに暮れる。(自分はなんでもない存在だ)
次に狐と出会い、狐は王子に同じように見えるのは「飼いならし」てないからだ、大切なものは目に見えない、と教える。(自分が自分であること)
シンガーソングライターの槇原敬之は、昨年末解散したアイドル歌手グループSMAPに提供した楽曲で、私たちは「世界に一つだけの花、一人一人違う種を持つ、その花を咲かせることだけに、一生懸命になればいい」と歌っているが、『星の王子さま』の影響を受けたものかどうかはわからない。

蛇は死をもたらすものであり、また古来知恵を授けるものでもある。われわれは、無知(イノセンス)の楽園に住み続けることはできない。不滅を信じていた幼少時代は過ぎ去った。だが生命の泉はそこにある。

|

'10/08/13 ゴミ箱から拾ってきた映画、『問題のない私たち』(04年)

『山のあなた 徳市の恋』で、旅籠「鯨屋」の女中、お菊さん役、黒川芽以という女優を知らなかった。録画DVD-Rを調べていたところ、『問題のない私たち』という映画に主演しているのを見つけたので、これを見てみることにした。
現役の女子中学生原作の、女子中学校でのいじめを描いた学園ものらしい。
主演の黒川芽以は、ドラマ「ケータイ刑事 銭形泪(るい)」の主役で売れたらしいが、個人的には、このシリーズ、最初のものしか見たことがない。
共演は、最近ではすっかりお騒がせセレブと化している沢尻エリカ。これが映画初出演らしい。そして、美波。個人的には、観月ありさ、阿部サダヲ主演のドラマ「OLにっぽん」で、言葉遣いのたどたどしい駄目OL、矢部桜役が印象深い。皆、十代で若い。

いじめをテーマにしているが、全体的に陰惨になりすぎることはなく、悲惨な結末を避け、娯楽作になっているのが良いと思った。全体的に二部構成になっており、前半は生徒間のいじめが描かれる。いじめの対象が移り変わっていくが、最終的には、その連鎖が空しいことに気づき和解に至る。夏休みを挟み、後半は、教師からのいじめが、教師対生徒の対立に発展していく様子が描かれる。これも、最終的には和解に至る。話の内容が分かりやすく、ああなってこうなってと進んでいくので、退屈させられることはない。
特徴的なのは、徹底的に主役の女子中学生の視点で描かれること。そのこともあって、話に絡んで登場する大人はごくわずか、父娘家庭である彼女の父親(勝村政信)と再婚相手となる女性(大塚寧々)、担任の教師(野波麻帆)[と校長]だけである。

継母が作ってくれた弁当を学校に持っていくが、これだから父子家庭の娘はと口を滑らせた教師に「切れて」机を倒し、弁当箱を壊してしまい、食べずに早退してしまう。翌日から、朝食の食卓に、弁当の代わりに500円硬貨が置かれて、何か買って友達と一緒に食べたほうが良いでしょ、と言われる。弁当箱を買って、継母に、また弁当を作ってほしいと頼もうとするが、言い出せない。なかなか素直になれず、互いに気を遣い合う様子がうまく描かれていた。

面白いのは、この映画、裏を返してみると、一種「美少女もの」に見えることである。冒頭いきなりスクール水着での競泳シーン、制服は当然、夏休み、ビキニ水着でのビーチバレーのイメージビデオのようなシーン、体操着ブルマ姿と、その手の趣味の視聴者を喜ばせそうな映像満載である。女子学園を舞台にした映画だから、当然と言えば当然だが、それによって売ろうとしている製作側の意図は明らかだろう。冒頭を見ただけで、趣味じゃないからもういいや、と思って投げ出しそうになったが、そう言わず、個人の趣味は横に置き、見続ける価値はあった。

|

H.F.セイント『透明人間の告白』Memoirs of an Invisible Man

ジョン・カーペンター監督の映画『透明人間』の原作が、以前、国内でもかなり話題になった小説であることを知ったのは少し前のことだった。読む気はなかったのだが、たまたまつい先日、ブックオフの100円コーナーで見つけたので、買い込んだ。(二冊あったので、うっかり上下巻かと思って買ったら、実際には上巻の状態が良いものと悪いものだった! タイミング良い偶然に驚いて気が付かなかったのである。仕方ないので、下巻のみ、amazon マーケットプレイスで入手した)
さて、早速、一挙に上下巻読み通して見た。翻訳が出版されて話題を呼んでから、もう十年以上経っている。
で、その感想だが、うーむ、評判ほど面白くなかったなあ...

上巻を使いきって、ようやく、主人公が透明人間になってしまって、自宅に戻り、そこに秘密諜報機関の連中が乗り込んできて逃げ出すところまでが描かれる。かなり展開が遅い。これで下巻で話がうまくまとまるのか不安になったが、かなり急激な展開で突っ走って終わる。
話は、ときに、カフカの『変身』を思わせるところもあったが、全体的には、冒険譚といったところ。

映画との違いについて言うならば、ストーリーはかなり異なる。映画のほうが断然展開が早い。(二時間以内で終わらせるのだから、エピソードは限られ、当然)
映画で透明人間発見に使われた、スプレーペイント攻撃や赤外線スコープは出てこない。
映画では、メーキャップで見える姿を装うシーンがあったが、それはない。H.G.ウェルズの透明人間張りの包帯ぐるぐる巻き姿や、スキーウェアは原作にもあった。

書評の印象からは、透明状態について、詳細な描写があるのかと思っていたのだが、私に言わせれば、案外あっさりとした描写に留まっている。私は透明な衣服を着たり脱いだりするのはさも大変なことだろうと思ったのだが、主人公はそれほど苦労がなかったようである... 瞼が透明で役に立たないので、寝るときはアイマスクが必要なのかと思ったが、そういうこともないようだ... 疲れていれば明るかろうが寝てしまうのは、確かだろうが、要するに、そういった濃密な心理描写が書き連ねられたゆえに話が長いのかと思ったのだが、そうではなくて、描写の大部分はいかに暮らしていくかというところであって、率直に言って、そういった部分は、主人公が透明でなく、単に身を隠さなければならない立場でも大差ないように思える。(電話のやり取りのみで株で儲ける話とか...) つまりこの小説で、透明人間の、透明らしさが効果を発揮している部分はそれほど多くない。(一人称の語りだけでは難しい)
個人的に気に入ったのは、雨が降って、何となく姿が浮かび上がったのを子供たちに見つかり追いかけられる場面。これはとても映画には良いと思う。ただし、カーペーンターの映画では、そのアイデアは、そんなスリル溢れるシーンではなく、ロマンチックに扱われていた。
そして主人公が見つけた恋人と交わって、彼女が幽霊か何か霊的な存在を相手にしていると思う設定は良いと思った。映画では、彼が目に見えない以外は普通の人間であると認識してしまっているが、これはつまらないと思う。

この小説で特に話題を呼んだのだが、飲食物が消化器官に滞留する様子が見える描写だったのだが、個人的には、これは「透明」というイメージからの下手な思いつきでしかない。私の考えでは、口に入れたものは見えなくなって一向に構わないと思う。著者の考えだと、透明化された風呂敷で何かを包んでも、包んだ中身が見えてしまうことになる。これはあまり面白くないと思う。「透明」と言うより「目に見えない」のであるから、目に見えない風呂敷で包んだものは見えなくなってもよいと思う。
次に、主人公は、透明化された事故現場から色々な物を持ち出すのだが、それらはほとんど活躍しない。冬の寒さをしのぐために透明な外套を作ったり、透明な警報機やら、道具を作るのだが、それらが効果的に使われる場面はない。ある道具が透明だったらどのように使えるか、ということは、もう少しアイデアを練る必要がある思う。

映画的に考えるならば、私の考え方だと、透明人間の存在を示す映像として、例えばワイングラスが宙に浮かんで、傾き、中身の液体が消えるというものは少し難しくなる。つまり、透明人間がワイングラスの脚を持っているなら、その部分だけは見えないことになるのである。ペンだったら握っている部分は見えないから、ペン先と、筒先のキャップだけが見えることになる。
このような特撮はやっかいであるから、通常は、物はそのまま描写される。このような映像を見ると、セイント流の解釈が成り立つことになり、矛盾をなくすためには、飲み食いしたものは体の中に見えることになってしまうわけだ。
私が気になっていた、汗や、排泄物はどうなるのかという点については、明瞭な説明描写はないのだが、どうやら目に見えないことになっているらしい。血を流してもそれは目に見えない。

そして何よりも欠点に思われるのが、見えなくても、普通に存在するという点があまり活かされていない点である。気配がするとか、何か背中に冷たい感触がしたとか、変な匂いがするとか、そういった描写がほとんどない。とはいえ、これは、「告白」ということで、主人公の一人称の語りだから、少々無理がある。


|

読書メモ : J・D・サリンジャー『ナイン・ストーリーズ』野崎孝訳 新潮文庫

J・D・サリンジャー Jerome David Salinger
『ナイン・ストーリーズ』 Nine Stories 野崎孝訳 新潮文庫 昭和54年11月20日九刷

バナナフィッシュにうってつけの日 A Perfect Day for Bananafish
コネティカットのひょこひょこおじさん Uncle Wiggily in Connecticut
対エスキモー戦争の前夜 Just Before the War with the Eskimos
笑い男 The Laughing Man
小舟のほとりで Down at the Dinghy
エズミに捧ぐ――愛と汚辱のうちに For Esme with Love and Squalor
愛らしき口もと目は緑 Pretty Mouth and Green My Eyes
ド・ドーミエ=スミスの青の時代 De Daumier-Smith's Blue Period
テディ Teddy

サリンジャーと言えば、まず思い浮かぶのは『ライ麦畑で捕まえて』だが、私が最初に読んだのは、新潮文庫で出ている一連の作品群であって、『ライ麦畑』を読んだのはずっと後のことだった。家にあった新潮文庫の中でも最初に読んだのがこの『ナイン・ストーリーズ』だったのは、短編集なので読みやすそう、という理由にすぎなかったが、これはよい選択だったと思う。
何がきっかけだったか、昨年久々にこの本を読み返してみた。
その感想は、「青春」、に尽きる。
印象派の絵画のような鮮明さ、映画を見ているかのような鮮やかな場面が浮かんでくる。

冒頭の「バナナフィッシュにうってつけの日」と最後の「テディ」の衝撃、ヘミングウェイの釣りの描写のように鮮やかな「笑い男」の草野球のシーン、「小舟のほとりで」のユダ公=ゆ凧(これ原文ではどうなっているのか、以前から気になっているが...)は、記憶から消えることがない。しかし、今回、読み返して印象を改めたのは、むしろその他の短編だった。日本人のヨショト(芳本?)夫妻の登場する「ド・ドーミエ=スミスの青の時代」は読んでいて気恥ずかしくさせられずにはいられなかった。中でも、特に心引かれたのは「コネティカットのひょこひょこおじさん」で、これだけは今年になってもう一度読み直してみた。

メアリ・ジェーンがやっとのことでエロイーズの家を見つけたときにはもう三時近くになっていた。

最初の一文でいきなりひっかかる。小説というものは、こういうものなのだ。これが入り口。これを受け入れ、この世界に入ることを自分に許可しないことには始められないのだ。登場人物は四人。主人公の学友二人の他に、エロイーズの娘とお手伝いさん。彼女たち二人のやり取りを軸に室内劇が展開される。最後に明らかになる、日常生活の奥に隠された深い感情。ありふれた生活に見えるものが実は綱渡りであるという認識。なんというペシミズム...
サリンジャーは好きになれない、だが共感する。

PS.
翻訳が最早古臭い感じがする。原文で読むべし。

|

読書メモ : ハーラン・エリスン『世界の中心で愛を叫んだけもの』浅倉久志/伊藤典夫訳 ハヤカワ文庫SF

ハーラン・エリスン『世界の中心で愛を叫んだけもの』浅倉久志/伊藤典夫訳 ハヤカワ文庫SF 1979年1月31日発行 1997年4月30日五刷

世界の中心で愛を叫んだけもの The Beast that Shouted Love at the Heart of the World 101号線の決闘 Along the Scenic Route 不死鳥 Phoenix 眠れ、安らかに Asleep: With Still Hands サンタ・クロース対スパイダー Santa Claus vs. S.P.I.D.E.R 鋭いナイフで Try a Dull Knife ピトル・ポーウォブ課 The Pitll Pawob Division 名前のない土地 The Place with No Name 雪よりも白く White on White 星ぼしへの脱出 Run for the Stars 聞いていますか? Are You Listening? 満員御礼 S.R.O. 殺戮すべき多くの世界 Worlds to Kill ガラスの小鬼が砕けるように Shattered Like a Glass Goblin 少年と犬 A Boy and His Dog

世界の中心で愛を叫んだけもの The Beast that Shouted Love at the Heart of the World
 いきなりわけがわからないので、この後の話は大丈夫だろうかとビビってしまう。
(心配無用、全部がこの調子ではない。原文で読んだほうがわかりやすそう)

101号線の決闘 Along the Scenic Route
 未来世界、ハイウェイを疾走する車は、決闘が公認されていた。死闘の末、ラリッた若造をやっつけた主人公だったが...

不死鳥 Phoenix
 砂漠に浮上してくる古代遺跡を目指す四人は、一人一人過酷な自然の犠牲になっていく。とうとう主人公は遺跡を発見する。それは、...

眠れ、安らかに Asleep: With Still Hands
 海底深くに眠る「睡眠者」の力により、世界は戦争のない平和状態がずっと続いていた。しかし、世界に必要なのは戦争だ。「睡眠者」を抹殺せよ。

サンタ・クロース対スパイダー Santa Claus vs. S.P.I.D.E.R
 秘密工作員クリスの氏名は、謎の組織SPIDERの「八項目計画」を壊滅することだ。SPIDERとは何なのか?奴らの目的は何なのか?

鋭いナイフで Try a Dull Knife
ピトル・ポーウォブ課 The Pitll Pawob Division

名前のない土地 The Place with No Name
 商売女を逮捕された哀れなポン引き男、つならない強盗殺人でサツに追われ、逃げ込んだのが「内部への脱走」と看板にある店。別人に入れ替わった彼は、ジャングルを抜け、名前のない土地へ。そこでは繋がれた巨人プロメテウスが彼を待ち受けていた...
(『エヴァンゲリオン』の基地地下奥に繋がれた巨人を思い出させる。庵野監督は神話から影響を受けたのか、こちらから直接か)

雪よりも白く White on White
 有閑マダムの気まぐれでエベレスト登山に付き合わされた男が、雪嵐から逃れた洞窟の中で見つけた永遠の愛とは。

星ぼしへの脱出 Run for the Stars
 地球の殖民衛星は異星人の攻撃に晒されていた。ヤク中の男が腹の中に「太陽爆弾」を入れられ、人間爆弾に仕立てられ一人残される。臆病な彼は最初おろおろ逃げ回るばかりだったが、あるきっかけで自分の中の力に目覚め、反撃を開始する。敵の母船に乗り込んだ彼が目指すのは...

聞いていますか? Are You Listening?
満員御礼 S.R.O.
殺戮すべき多くの世界 Worlds to Kill
ガラスの小鬼が砕けるように Shattered Like a Glass Goblin
少年と犬 A Boy and His Dog

|

読書メモ : H・G・ウエルズ傑作集〔2〕『タイム・マシン』宇野利泰訳 ハヤカワ文庫SF

H・G・ウエルズ傑作集〔2〕
『タイム・マシン』宇野利泰訳 ハヤカワ文庫SF 昭和53年1月15日発行

塀にある扉 The Door in the Wall
陸の甲鉄艦 The Land Ironclads
魔法の店 The Magic Shop
盗まれたバチルス The Stolen Bacilus
故エルヴシャム氏の話 The Story of the Late Mr. Elvesham
タイム・マシン The Time Machine

塀にある扉 The Door in the Wall
 ユング派心理学者が論文で引用しそうな話。
 幼少期、不思議な塀にある扉の中に入ると、そこは楽園だったという体験が忘れられない男。人生の節目節目で、その塀と壁に出くわし、そこに入ることはしなかったが、次に見つけたときは絶対入ると決めていた、そして...

陸の甲鉄艦 The Land Ironclads
 やわに思われた敵軍には秘密兵器があった。鋼鉄の装甲車の圧倒的な戦力に敗戦濃厚となる。
 人間の力を凌駕する機械の力を描いたもの。

魔法の店 The Magic Shop
 子供にせがまれて入ったその玩具店が取り扱っているのは、すべて本物のマジック。ファンタジー小品。

盗まれたバチルス The Stolen Bacilus
 細菌学者を取材に訪れた記者の正体はアナーキスト、猛毒ウィルスを盗み出す。すぐに気づいて彼を追いかける学者と、飛び出した夫を追いかけるその妻、三つ巴の馬車競走が展開される。
 喜劇的な趣の濃い作品。

故エルヴシャム氏の話 The Story of the Late Mr. Elvesham
 高名な哲学者エルヴシャム氏、この身寄りの無い老人から全財産を譲り受けることになった若者は、薬を飲まされ、目覚めると自分の姿が老人に変わっていることに気づく。計略にはまって、まんまと肉体を入れ替えられたのだ...皮肉な結末が良い。

タイム・マシン The Time Machine
(省略)

|